2023年3月28日、千葉大学大学院の研究チームは「人間のこころの状態(情動状態※1)」を約90パーセントの精度で推定するシステムの開発に成功したことを明らかにした。
本研究は、人間の認知機能に影響を及ぼしうる室内環境データ(温湿度やにおい、照度、音量、CO2濃度、微粒子、気圧など)を取得するセンサネットワークシステムおよびそれらの環境データと時間情報から、その環境内にいる人間の「こころの状態(情動状態)」を推定するというもの。環境データのみを用いて、その環境にいる人間の4種類の情動状態(ストレス度、覚醒度※2、疲労度、快適度)の状態を高い精度で推定することに成功した(図1)。
▼(図1) 出典:千葉大学大学院
千葉大学大学院の研究チームは本研究成果について、「ストレスの少ない環境や集中しやすい環境の設計、メンタルヘルスの評価などに幅広く応用できることが期待される」との見解を示した。なお、本研究成果は2023年2月25日付の国際科学誌『Internet of Things』に公開された。
今回は千葉大学大学院の研究成果を紹介したい。
客観的かつ非侵襲的な手法で「情動状態」を推定
現代社会において、メンタルヘルス対策や、学習・労働の作業効率化、人為的作業ミス対策は重要な課題である。それら課題を解決するには、まず、人間のストレスや疲労感、快適感、感情的覚醒度などの情動状態を把握し、環境改善を図ることが大切である。
ちなみに、心理学や認知科学で用いられてきた実験データやアンケート等の手法で得た情動状態の把握は心理特性の主観的な解明には効果的であるが、客観的に解明するには不向きである。他方、体温や心拍数等の生体データ・心理指標と情動状態との対応を解析する研究は、客観的かつ高精度で情動状態を推定できるが、人体に取り付ける接触型センサを用いるため、私たちの生活に浸透させるには大きな障害となる。
こうした経緯から、千葉大学大学院の研究グループは、客観的かつ非侵襲的な手法で情動状態を推定するシステムを開発し、80パーセント以上の精度で情動状態を推定することに成功したものの、実用化に向けてさらなる精度の向上が求められていた。そこで更なる研究を重ね、今回、約90パーセントの精度で情動状態を推定することに成功した。
「非接触型環境センサ」による情動状態を推定
本研究では、非接触型環境センサ(※3)のデータのみを用いて人間の情動状態を高精度で推定するシステムを開発した。
まず、人の認知機能に影響を与えうる室内環境データ(温度、湿度、照度、光色、におい、音、CO2濃度、微粒子、気圧など)、生体センサ(※4)から得られる生理的データ(皮膚体温、心拍)に基づく情報状態(覚醒度、感情価※5)、および時間情報を総合的に収集し、これらを紐づけた。時間情報を加えることによって、生活リズムや室内環境の変化の割合をとらえることができるようになり、これが推定精度の向上をもたらした。
上記の収集データをもとに、生体センサから得られる生理的データに基づく情動状態を正解ラベルとして与え、教師あり機械学習(※6)によって環境データと時間情報から得られる情動状態の推定精度を上げた。これにより、本システムでは接触型である生体センサを使うことなく環境データと時間情報のみを用いて情動状態を高精度で推定できるようになった。
実験では、2LDKの室内で3泊4日の生活をする6名(男性3名・女性3名)を対象に、本システムを用いて人間の認知機能に影響を与えうる室内環境と時間情報に関するデータのみから個人の情動状態(ストレスや覚醒度、疲労度、快適度の状態)を推定した。
その結果、約90パーセントの精度で情動状態の推定に成功した(図2)。本研究成果により本システムでは、非接触型センサのみを用いて、従来の生体センサによる手法にも劣らない精度を達成することができたと言える。
▼(図2) 出典:千葉大学大学院
ストレスが少なく集中しやすい「環境」の創造へ
千葉大学大学院の研究チームは本研究で、人間の認知機能に影響を及ぼしうる環境データのみを用いて情動状態を推定できることを明らかにした。研究チームは今後の展開について、非接触型環境センシングデータのみを用いて、高い精度で客観的に情動状態を推定できることから、客観的視点でメンタルヘルスをモニタリング可能な生活環境を提供できるようになることに加え、ストレスが少なく集中しやすい労働環境、学習環境、運転環境をサポートするシステムの開発が進展し、タイムパフォーマンスを意識した労働など新たな働き方につながることが期待できる、としている。■
(La Caprese 編集部)