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エッセイ:『鬼滅の刃』とG7広島サミット。人間の記憶は遺伝するのか?

記憶の遺伝,鬼滅の刃
(画像= Canva、La Caprese)

「誰だ……誰なんだ? そうだった。これは遺伝した記憶だ」

テレビアニメ『鬼滅の刃 刀鍛冶の里編』で、主人公の竈門炭治郎(かまど・たんじろう)がそのようなセリフを言うシーンがある。ネタバレになるので詳細は避けるが、敵との戦闘で極めて危険なシーンである。物語では「祖先の記憶」が炭治郎に遺伝した設定となっており、その記憶がピンチを切り抜ける重要な手がかりとなった。もちろん、『鬼滅の刃』は架空の物語なのであるが、実は現実世界でも「祖先の記憶」が遺伝することを示唆する研究成果が公表されている。

『「恐怖の記憶」が遺伝する? 常識覆す実験結果に脚光』――そんなタイトルの記事が日本経済新聞(電子版)に掲載されたのは2014年1月5日のことだった。記事では米エモリー大学の研究グループが、ネズミの実験で「恐怖の記憶」が子孫に遺伝することを示唆する研究成果(2013年12月に科学誌「ネイチャー・ニューロサイエンス」にて発表)を紹介していた。

実験では、まずネズミに化学物質アセトフェノンのにおいをかがせて電気ショックを与えた。これを繰り返すとネズミはにおいをかいだだけで痛みに身構えるようになる。いわゆる条件反射だ。その後、研究グループが電気ショックを学習したネズミの子どもを調べたところ、アセトフェノンのにおいをかいだだけで反応する傾向がみられた。この現象は孫の世代にもみられた。

さらに、学習した親ネズミとその子孫では脳の神経細胞にも変化がみられた。アセトフェノンのにおいを感じるレセプター(受容体)が、普通のネズミより増えていたのだ。

エモリー大学の研究者らは本研究成果について、「恐怖の記憶」が子孫に遺伝することを示唆しているとしながらも、その具体的な仕組みは分かっていないと付け加えた。日本経済新聞の記事では、この研究成果について「学習や経験は遺伝しないとする生物学の常識を覆しかねない」と伝えている。

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恐怖体験やトラウマが子世代に遺伝する?

同じような研究成果は2014年7月にも発表されている。米ミシガン大学の研究チームは、ネズミを使って「恐怖体験やトラウマが子世代に遺伝すること」を全米科学アカデミーで発表した。

実験では、まずメスのネズミにペパーミントの香りをかがせて、軽い電気ショックを繰り返した。やがてネズミは、においをかいだだけで身構える「恐怖反応」を示すようになった。その後、そのネズミから生まれた子どもにペパーミントの香りをかがせたところ、母ネズミと同じような「恐怖反応」を示した。

次に、上記の母ネズミの受精卵を代理母(普通のマウス)の子宮に入れて生まれた子ネズミを調べたところ、同じようにペパーミントの香りに「恐怖反応」を示した。さらに、研究チームが「恐怖反応」を示すネズミの脳を調べると、ストレスホルモンであるコルチコステロンが増大し、扁桃体が活性化することが確認された。

あの過ちを二度と繰り返してはならない

さて、今回紹介した2つの実験ではネズミを使っているが、果たして人間でも同じように「恐怖の記憶」は遺伝するのだろか?

そこには、さまざまな疑問が浮かんでくる。たとえば、人間にも「恐怖の記憶」が遺伝するのであれば、歴史的に恐ろしい戦争を繰り返しているのはなぜか。前述の米ミシガン大学の研究チームの一人であるヤツェク・デビエッチ博士は、ネズミと同じ実験を人間に対して行うのは倫理的な問題があり、現実的ではないとしている。

今週5月19日からはG7広島サミット(先進7カ国首脳会議)が始まる。サミットでは、核兵器を保有する米国、英国、フランスを含むG7首脳が揃って原爆資料館を訪れる予定である。ロシアのウクライナ侵略をきっかけに安全保障環境が厳しさを増す中、各国首脳が核廃絶という理想と安全確保という現実とどう折り合いをつけるのか。人間の「恐怖の記憶」が遺伝するのかは定かではないが、少なくとも私たちは歴史から多くを学ぶことができるはずである。あの過ちを二度と繰り返してはならない。■

(La Caprese 編集長 Yukio)

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