「でもなんだろう? すごく遅いな」
テレビアニメ『鬼滅の刃 遊郭編』で、主人公の竈門炭治郎(かまど・たんじろう)が上記のセリフを言うシーンがある。ネタバレになるので詳細は避けるが、敵との戦闘で極めて危険なシーンである。主人公が危険な状況に陥ったとき、物事がスローモーションのように見える……映画やアニメなどで見られる現象が、実は現実世界でも起こることが千葉大学大学院の研究チームによって確認された。
千葉大学大学院の研究チームは、さまざまな表情画像の観察で生じる「感情反応」が視覚の時間精度(短時間に処理できる能力)におよぼす影響を調べた。その結果、画像を観察することで「感情反応」が生じた際に物事がスローモーションに見えるという現象が生じることを確認した。研究チームは本研究の成果について「交通事故のような危険な場面や、スポーツ選手の緊張感の高い試合での『ゾーン』などの際に物事がスローモーションに見える現象について明らかにする一歩となったと考えられる」との見解を示している。
今回は千葉大学大学院の研究成果を紹介したい。
感情が視覚の時間精度におよぼす影響
千葉大学大学院の研究チームは、2016年にさまざまな強度の「感情反応」や印象を引き起こす写真のデータベースを使った実験で、危険を感じた際に視覚の時間精度が上昇する現象を世界で初めて確認していた。
しかしながら、この実験で用いたデータベースの画像は風景や動物、事件などに関する写真で、危険を感じさせる画像と安全な状態を示す画像との間で画像の色彩の特性が大きく異なっていた。そのため、画像観察によって喚起された感情ではなく、提示された画像の色彩の特性の違いにより視覚の時間精度が変動した可能性が指摘されていた。そこで、色彩の特性が大きく変わらない画像を用いて感情喚起することで、2016年の研究成果を再度確認した。
顔画像観察を用いた実験の結果
本研究では、感情喚起のために、さまざまな表情の顔画像を用いた。顔画像については、表情条件間での色彩や輝度の違いは小さいのに、表情によって観察者に多様な感情を喚起できること、怒りの表情画像は危険な画像として感情を喚起することが知られている。
また、顔画像には、上下反転すると表情がわかりにくくなる「倒立効果」と呼ばれる特性がある。顔画像を倒立させて表情をわかりにくくすることによって、画像の特性は全く変えずに喚起される感情を弱くすることができる。そのため、条件間の視覚の時間精度の違いが実験参加者の感情反応による効果であるとしたら、倒立した表情画像を用いた場合、表情画像間での時間精度の違いがほとんどなくなることが予想された。
まず、男女それぞれ2名の怒り、恐怖、喜びと無表情の顔画像を用いた。フルカラーの表情条件の顔画像を1秒間提示した後、10〜50ミリ秒の範囲で画像の彩度を70%低下させ、彩度変化が見えるのに必要な最短時間を測った(図1)。
その結果、怒り、恐怖だけでなく喜びの条件でも、無表情条件より短い時間で彩度低下が認識されることが示された(図2)。また、こうした表情条件間の違いは顔画像を倒立させた場合には見られなかった(図3)。
ドキッとするほど視覚の時間精度が高くなる
ちなみに、「感情反応」には、興奮の度合(ドキッと感じる程度)に対応する覚醒度(注1)と、好きー嫌いの度合いに対応する感情価(注2)の2つの次元がある。
そこで、覚醒度の次元での感情反応の程度が視覚の時間解像度におよぼす影響を調べるため、引き起こされる覚醒度の反応が大きいと予測される怒り表情、中程度と予想される悲しみ表情、小さいと予想される無表情を提示し、視覚の時間精度を測った。その結果、視覚の時間精度は、覚醒度の水準に対応して高くなることが認められた(図4)。これらの結果は、画像観察によって喚起される覚醒度に対応して、ドキッとするほど視覚の時間精度が高くなり、短い時間間隔の中で生じた出来事を認識しやすくなることを示している。
スポーツ選手の緊張感の高い試合での『ゾーン』などの解明にも
本研究により、時間精度の上昇を引き起こすのはネガティブな強い感情に限定されないこと、特に覚醒度次元の感情が視覚の時間精度を上げる効果が大きいことが判明した。千葉大学大学院の研究チームは「交通事故のような危険な場面や、スポーツ選手の緊張感の高い試合での『ゾーン』などの際に物事がスローモーションに見える現象について明らかにする一歩となったと考えられる」との見解を示している。なお、本研究成果は知覚研究の国際オンラインジャーナル誌「i-Perception」にて2023年2月9日に公開された。
千葉大学大学院のさらなる研究成果が期待されるところである。■