「どうしたどうした。可哀想に。俺は優しいから放っておけないぜ」
テレビアニメ『鬼滅の刃 遊郭編』で、童磨(どうま)という鬼が登場するシーンがある。上記はその童磨のセリフである。ネタバレになるので詳細は避けるが、とにかくその性格は異常で、女性を食い散らかしながら、穏やかな優しい口調で、「命というのは尊いものだ。大切にしなければ」というセリフを吐いたりする。言っていることと、やっていることが違うのだ。
だが、童磨のような人物は現実世界にも確かに存在する。つい最近では、自称リベラルの大学教授が、安倍晋三元首相の暗殺事件をめぐって「暗殺が成功して良かった」などと発言して炎上したことは記憶に新しい。同じように言動が一致しない国会議員や自称ジャーナリストなど枚挙にいとまがない。
言っていることと、やっていることが違う「童磨企業」
企業などの組織も例外ではない。モチベーションジャパンの代表取締役社長で経営コンサルタントの松岡保昌氏は、その著書『こうして社員は、やる気を失っていく』(日本実業出版社)の中で、言葉と中身が一致していない組織の問題を指摘している。「挑戦」や「改革」など掲げているメッセージと、実際の現場で行われていることにギャップがある。言っていることと、やっていることが違う。いわゆる「ダブルバインド(二重束縛)」の組織で、メンタル不調を起こす人も少なくないという。
「このようなダブルバインドのコミュニケーションが多い職場の問題点は、精神的なストレスだけでなく、しだいに社員の自主性がそがれていくことにもつながることです。どちらの指示に従えばいいのかわからず、自信や自主性が失われていくと、結果として職場全体のパフォーマンスも低下していきます」と松岡氏は本書で指摘している。
ちなみに、帝国データバンクの調査報告によると、2022年度のコンプライアンス違反が確認された企業の倒産件数は過去最多の300件に達したことが明らかになった。帝国データバンクでは、架空の売り上げの計上や融通手形などの「粉飾」をはじめ、過積載や産地偽装などの「業法違反」、所得・資産の隠蔽といった「脱税」などのコンプライアンス違反が判明した企業の倒産を「コンプライアンス違反倒産」と定義。2005年4月より集計を開始している。
(図表1)出典:帝国データバンク
上記(図表1)のグラフが示す通り、「コンプライアンス違反倒産」は2015年度以降、緩やかな減少傾向を示していた。特に2020年度は、新型コロナ対策の給付金やゼロゼロ融資など各種支援策が企業に幅広く行き渡り、一時的に倒産が抑制されたことで「コンプラ違反による企業の倒産が表面化しづらくなっていた」(帝国データバンク)とみられる。しかし、新型コロナが収束に向かい、全体の倒産件数が上向いてきているなかで、コンプラ違反が明らかになり、信用を失うケースが散見されるようになった。
(図表2)出典:帝国データバンク
違反類型別は(図表2)に示す通りで、「資金使途不正」が69件(構成比23.0%)ともっとも多く、次いで「粉飾」が62件(同20.7%)と続いた。新型コロナウイルス禍以前に増加傾向を示していた「粉飾」は、2020年度以降、ゼロゼロ融資等の資金繰り支援の効果もあり減少に転じていたが、ここにきて再び増加の兆しをみせている。借入金の返済が厳しくなり、金融機関に対して追加支援を申し入れた際に不適切な会計処理が明らかになるケースが多くみられた。また、新型コロナウイルス禍で雇用調整助成金など各種助成金等の「不正受給」による倒産も前年から倍増した。
冒頭で紹介した『鬼滅の刃』は架空の物語であるが、残念ながら、童磨のような「言っていることと、やっていることが違う」人物や組織は現実世界にも確かに存在する。帝国データバンクは、「今後も厳しい経営環境のなかで、企業存続のためコンプラ違反に手を染めていた、あるいは染めはじめるケースが表面化していくことが考えられる」と指摘している。■
(La Caprese 編集長 Yukio)