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マグネシウムが酸化ストレスから肌を守る――慶應義塾大学、北里大学、資生堂みらい開発研究所の研究成果

美肌,マグネシウム
(画像= TY_Photo / 写真AC、La Caprese)

2023年9月15日、慶應義塾大学と北里大学は資生堂みらい開発研究所との共同研究の成果を発表した。共同研究では、活性酸素種にさらされたヒトのケラチノサイトで細胞内マグネシウムイオン濃度が上昇し、それが細胞内のエネルギー産生器官であるミトコンドリアを酸化ストレスから保護する効果があることを発見したことが明らかになった。

ヒトの皮膚は紫外線への暴露により発生する活性酸素種に常にさらされている。活性酸素種による酸化ストレスは、肌の老化、炎症やさまざまな疾患の原因になると言われている。その原因の一つは、ミトコンドリアという重要な細胞内のエネルギー産生器官の活動が酸化ストレスで阻害されることである。

本研究で注目したマグネシウムイオンは皮膚を構成する細胞の増殖促進や皮膚バリア機能の回復に役立つことがこれまでに知られていたものの、皮膚細胞の内部でのマグネシウムイオンの動態とその役割については明らかにされていなかった。本研究では、蛍光イメージング法を用いて、皮膚表皮の大部分を占めるケラチノサイトが活性酸素種の一つである過酸化水素にさらされた際に、細胞内マグネシウムイオン濃度を増加させ、それがミトコンドリアの機能低下を抑制し、酸化ストレスから細胞を保護することを明らかにした。さらに、細胞外からマグネシウムイオンを取り込ませることでこの保護効果を増強できることを発見した。

なお、本成果は 2023 年 8 月 24 日に国際誌『Communications Biology』に掲載された。概要は以下の通りである。

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マグネシウムが酸化ストレスから肌を守る

マグネシウムは美肌作用があるミネラルと言われており、温泉やバスソルトの有効成分として知られている。しかし、マグネシウムが皮膚を構成する細胞の内部でどのような役割を果たしているのかはほとんど知られていなかった。細胞内部ではイオン化したさまざまなミネラルがその濃度を変化させることで細胞内シグナルとして働いているが、マグネシウムイオンに関しては細胞内濃度を測定するための良い方法が少なく、その濃度変化を測ることが難しいのが実情であった。

そこで、本研究グループはマグネシウムイオンの濃度に応じて蛍光の強度を変化させる試薬を開発し、その試薬を用いて多くの細胞でマグネシウムイオンの変化を可視化してきた。その結果、神経細胞やがん細胞でのマグネシウムイオンの濃度変化は、細胞内のエネルギー産生器官であるミトコンドリアと関係が深いことが判明した。

今回研究対象とした皮膚の細胞は私たちの体を構成する細胞の中でも特に紫外線に当たる機会が多い細胞である。強い紫外線を受けた細胞内では活性酸素種が発生して細胞に酸化ストレスを与えることで細胞の機能低下を引き起こし、それが細胞の老化や疾患の原因にもなると言われている。活性酸素種の攻撃ターゲットの一つにはミトコンドリアがあり、その機能低下を招くのである。前述したようにミトコンドリアとマグネシウムイオンは深い関係があることがわかっていたので、本研究では、皮膚でも活性酸素種による酸化ストレスを受けた時に細胞内のマグネシウムイオン濃度が変化して、それが何らかの重要な役割を果たすのではないかと考えた。

過酸化水素にさらされたケラチノサイトでは細胞内マグネシウムイオン濃度が徐々に上昇

本研究では、まず、皮膚表皮の大部分を占めるケラチノサイトという細胞が活性酸素種の一種である過酸化水素にさらされた際の細胞内マグネシウムイオン濃度の変化を、蛍光イメージング法を用いて詳細に調べた。その結果、過酸化水素にさらされたケラチノサイトでは細胞内マグネシウムイオン濃度が徐々に上昇することを発見した(図1)。

美肌,マグネシウム
(図1) 出典:慶應義塾大学
※蛍光イメージングでとらえたケラチノサイト内のマグネシウムイオン濃度変化の様子。青色は濃度がほとんど上昇していない箇所、赤色は濃度が大きく上昇した箇所を示している。過酸化水素添加後に多くの細胞で徐々にマグネシウムイオン濃度が上昇していく様子がわかる。カラーバー:濃度上昇率、スケールバー:100μm。

また、マグネシウムイオン濃度変化は新生児由来のケラチノサイトよりも成人由来のケラチノサイトのほうが顕著であった。活性酸素種への暴露は細胞内エネルギー通貨であるATPの減少につながるので、ATP濃度変化も調べマグネシウムイオン濃度変化と比較したところ、ATPの減少が起こりにくい新生児由来のケラチノサイトではマグネシウムイオン濃度の上昇も起こりにくく、一方でミトコンドリアによるATP産生を阻害してよりATPが減少しやすい状態にしたケラチノサイトでは、マグネシウムイオン濃度の上昇は大きくなった。これらの結果から過酸化水素にさらされた細胞内ではATP濃度減少がマグネシウムイオン濃度の上昇を引き起こすと考えた。

細胞内でマグネシウムイオンは、その多くがATPと強く結合してMg-ATP複合体を形成している。ATPが消費されるとATPに結合していたマグネシウムはイオンとして遊離するため、細胞内のマグネシウムイオン濃度は増加する。酸化ストレス下のケラチノサイトでは多くのATP(Mg-ATP複合体)が消費されて、その結果マグネシウムイオンが遊離している。

マグネシウムイオンはミトコンドリアを保護する重要な役割も果たしている

次に酸化ストレスによるミトコンドリアへのダメージとマグネシウムイオンの関係について調べた。酸化ストレスはミトコンドリア機能を阻害してその膜電位を低下させるため、ミトコンドリア膜電位の低下をダメージの指標とすることができる。そこで、マグネシウムイオンの濃度変化とミトコンドリア膜電位の変化を同時蛍光イメージングにより比較した。すると、マグネシウムイオン濃度が大きく上昇した細胞では過酸化水素によるミトコンドリア膜電位低下は小さく、逆にマグネシウムイオン濃度があまり上昇しなかった細胞ではミトコンドリア膜電位の低下は大きいことが判明した。これらには強い相関があり、マグネシウムイオンが濃度依存的にミトコンドリア膜電位の低下を抑えている可能性が示唆された(図2)。

その検証のために、細胞の外側の溶液中のマグネシウムイオン濃度を増やして細胞の中にマグネシウムイオンを取り込ませてみたところ、細胞内のマグネシウムイオン濃度が増加した分だけ、さらにミトコンドリア膜電位の低下を抑制することができた。これは細胞内マグネシウムイオンが濃度依存的に過酸化水素によるミトコンドリアのダメージを抑えており、マグネシウムイオンがミトコンドリアを保護していることを示している。このことから、ATP消費時にMgATPから遊離してきたマグネシウムイオンはATP消費の単なる副産物ではなく、ミトコンドリアを保護する重要な役割があることを示している。

美肌,マグネシウム
(図2) 出典:慶應義塾大学
※マグネシウムイオンによる濃度依存的な酸化ストレスからのミトコンドリアの保護。左図は過酸化水素にさらされたケラチノサイト内のミトコンドリア膜電位の低下を示している。追加でマグネシウムイオンを取り込ませたケラチノサイトではミトコンドリア膜電位の低下(ミトコンドリアへのダメージに対応)が小さいことがわかる。右図は同時蛍光イメージングによる、各ケラチノサイト内のマグネシウムイオン濃度変化率とミトコンドリア膜電位変化率を示している。これらの間には強い相関が見られた。また、マグネシウムイオンを取り込ませた細胞(赤)ではその分ミトコンドリア膜電位の低下も抑制できていることが判明した。

また、興味深いのは、活性酸素種に対応するために大量のATPが産生されたことで遊離したマグネシウムイオンがATP産生の重要な器官であるミトコンドリアを保護するというフィードバックループが形成されていたことである(図3)。さらに、細胞外からマグネシウムイオンを取り込ませることが追加的な効果を発揮したことは、抗酸化の有効成分としてのマグネシウムイオンの可能性を示唆している。■

美肌,マグネシウム
(図3) 出典:慶應義塾大学
※本研究で発見したフィードバックループ。酸化ストレスが負荷された細胞内では ATPが消費されて ADPに変換される際にマグネシウムイオンが遊離しその濃度が上昇する。これがATP産生に重要な器官であるミトコンドリアを酸化ストレスのダメージから保護する。
原論文情報

【題名】 Intracellular Mg2+ protects mitochondria from oxidative stress in humankeratinocytes (細胞内マグネシウムイオンはヒト由来ケラチノサイト内で酸化ストレスからミトコンドリアを保護する)
【著者名】Keigo Fujita, Yutaka Shindo, Yuji Katsuta, Makiko Goto, Kohji Hotta and Kotaro Oka
【掲載誌】Communications Biology
【論文 URL】https://doi.org/10.1038/s42003-023-05247-6 【DOI】10.1038/s42003-023-05247-6

特集:美肌を科学する
美肌,科学的根拠
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