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アルツハイマー病患者の「脳内の老廃物を洗い流す脳脊髄液の流れが滞っている」仕組みを解明。新たな予防法・治療法の糸口となるか?――順天堂大学の研究成果

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(画像= Canva、La Caprese)

2022年9月21日、順天堂大学の研究グループは、脳MRIによって「アルツハイマー病患者における脳内アミロイドベータ(※1)沈着と認知機能障害に脳クリアランスシステムの機能不全が関与している」ことを明らかにした。本研究で、米国のADNI(Alzheimer‘s Disease Neuroimaging Initiative)が公開するMRIデータをもとに、脳クリアランスシステムの間接的な指標(血管周囲腔※2体積、脳間質自由水量※3、血管周囲腔に沿った水の拡散率※4)の評価を行ったところ、アルツハイマー病患者では血管周囲腔体積、脳間質液量が多く、血管周囲腔に沿った水の拡散率が低いことが判明した。さらに、これらMRI指標は脳脊髄液中のアミロイドベータ量や認知機能障害と有意な関連があることが明らかになった。

順天堂大学は本研究成果について、(1)MRIを使用して非侵襲的に脳クリアランスシステムの評価が可能であることを示すともに、(2)クリアランスシステム機能の改善がアルツハイマー病患者の新たな予防法・治療法となる可能性を示唆している、との見解を示した。なお、本論文は米国神経科学アカデミーの医学雑誌であるNeurology誌オンライン版に2022年9月19日に公開された。

今回は順天堂大学の研究成果を紹介したい。

本研究成果のポイント

▽MRIを用いて非侵襲的に脳のクリアランスシステムを評価。
▽脳クリアランスシステムと脳内アミロイドベータ沈着及び認知機能障害との関連が明らかに。
▽アルツハイマー病の新たな予防法・治療法につながる可能性。

用語解説

(※1) アミロイドベータ:脳内で生成されるタンパク質の1種。通常は脳内で分解・排出されるが、何らかの原因で脳内に蓄積するとアルツハイマー病を引き起こすとされている。
(※2) 血管周囲腔:脳と血管の間の空間。脳脊髄液や血液成分などの水分で満たされており、萎縮や加齢などで水分が鬱滞すると拡大する。血管周囲腔の拡大は正常変異でもあるが、脳疾患の発症とも関連が深いとされる。
(※3) 脳間質自由水: 脳細胞間隙を満たしている脳脊髄液や脳間質液。外傷や萎縮、炎症などで増加するが、通常は脳外へ排出される。
(※4) 血管周囲腔に沿った水の拡散率: 主に静脈周囲腔を流れる水分子の拡散のしやすさを指す。この拡散率が大きいほど脳内からの脳脊髄液の流出が正しく行われていることを示す。

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アルツハイマー病患者の「グリンパティックシステム」の機能変化

順天堂大学の研究グループによると、これまで脳内には老廃物を排出するためのリンパ機能を担う構造が存在しないとされてきた。しかし近年、グリンパティックシステム(※5)という脳内の老廃物(アミロイドベータやタウたんぱく質など)の排泄の働きを担うクリアランスシステムが提唱され、アルツハイマー病をはじめとする様々な脳疾患の発症に関わることが報告され注目を集めている(図1)。従来、グリンパティックシステム機能の評価には造影剤や放射性物質の体内投与が必要で、痛みや被曝を伴うなど侵襲性の高さが問題であった。しかし、近年はMRIを使って非侵襲的にグリンパティックシステムに関連する血管周囲腔や脳間質液の状態を評価する手法が開発されている。

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(図1) 出典:順天堂大学

本研究では、近年開発されたMRI解析手法を用いて、アルツハイマー病患者におけるグリンパティックシステムの機能変化を明らかにすることを目的として、最新の「3テスラMRI」を用いてグリンパティックシステムに関連したMRI指標(血管周囲腔体積、脳間質自由水量、血管周囲腔に沿った水の拡散率)のアルツハイマー病患者と健常者の違いについて比較を行うとともに、脳内のアミロイドベータ沈着、認知機能障害との関連を検討した。

用語解説

(※5) グリンパティックシステム:脳脊髄液が脳表クモ膜下腔から動脈周囲に沿って脳内に進入し、アストロサイト足突起表面のアクアポリン4チャネル依存性に脳細胞外腔に入り間質液と混合された後、静脈周囲腔に入り、脳表クモ膜下腔に戻る。その後一部はリンパ管へと排泄されるという仮説。

アルツハイマー病患者は「脳内の老廃物を洗い流すための脳脊髄液の流れが滞っている」

本研究では、米国のADNIが公開するMRIデータをもとに、アルツハイマー病患者36名と軽度認知障害患者46名、健常者31名を対象として、血管周囲腔体積、脳間質液量、血管周囲腔に沿った水の拡散率を比較した。また、これらのMRI指標と脳脊髄液中のアミロイドベータ量(脳内のアミロイドベータ沈着を反映する)および認知機能との関連についても解析した。

その結果、アルツハイマー病患者では、健常者に比べて、血管周囲腔体積、脳間質自由水量が多く、血管周囲腔に沿った水の拡散率が小さいことが判明した(図2)。血管周囲腔は脳の老廃物を流す通路であり、これらの結果は「脳内の老廃物を洗い流すための脳脊髄液の流れが滞っている」ことを示しており、アルツハイマー病患者ではグリンパティックシステムの機能が低下していることを示している(図2A)。さらに、アルツハイマー病患者において、グリンパティックシステムの機能が低下するほど、脳内アミロイドベータの沈着が増加し、認知機能が低下していることが明らかになった(図2B)。いずれもアルツハイマー病の発症の原因とされるアミロイドベータの脳内沈着や、アルツハイマー病患者で問題となる認知機能障害の根底にグリンパティックシステムの機能低下が関与している可能性を示唆している。

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(図2) 出典:順天堂大学

アルツハイマー病の新たな予防法・治療法の糸口となるか?

本研究成果は、MRIを用いて非侵襲的にグリンパティックシステムの機能を評価できること、アルツハイマー病患者ではグリンパティックシステムの機能が低下し、脳内アミロイドベータ沈着と認知機能の低下との関連があることが明らかになった。これは、アルツハイマー病の新たな予防法・治療法として、グリンパティックシステムの改善・促進が有効である可能性を示唆するものである。

ただ、その一方で、アルツハイマー病におけるグリンパティックシステムの機能低下が脳内アミロイドベータの沈着を引き起こすのか、アミロイドベータの沈着による影響でグリンパティックシステムの機能が低下するのかについては目下のところ不明である。順天堂大学の研究グループは、この不明点について、今後さらなる縦断的なアプローチによって明らかにしていく必要があるとの見解を示している。また、他の脳疾患についても同様の検討を行うことによって種々の脳疾患における新たな予防法・治療法の開発および病態解明の推進が期待される、としている。

順天堂大学のさらなる研究成果に期待したい。■

(La Caprese 編集部)

特集:認知症共生社会〜予防から治療、そして共生まで
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