2015年3月、厚生労働省が公表した『日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究』(厚生労働科学特別研究事業)によると、日本における65歳以上の人口は2025年に3,600万人以上に達し、そのうち19.0%が認知症を発症すると報告されている。いわゆる5人に1人が認知症になるとされる「2025年問題」である。
認知症患者の増大は日本に限った問題ではない。WHO(世界保健機関)は2021年9月、世界の認知症患者が5,500万人を突破し、年間1兆3,000億ドルの経済損失が生じていると発表した。さらに、WHOは世界的な高齢化につれ、認知症患者は2030年までに7,800万人、2050年までに1億3,900万人に増加する見通しを示した。認知症の治療は世界的な課題でもある。
そうしたなかで注目されるのは、千葉大学の研究グループが「脳内で一酸化窒素(NO)によって活性化される『可溶性グアニル酸シクラーゼ(注1)』が加齢に伴い増加することが、認知症の発症リスクを上昇させる一つの要因である」ことを明らかにしたことだ。千葉大学の研究グループは本研究成果により「認知症に対する新薬開発や新たな生体内リスクマーカー(注2)の発見などが期待される」としている。
今回は千葉大学の研究グループの研究成果を紹介したい。
加齢による可溶性グアニル酸シクラーゼの増加が「認知症リスク」の要因の一つに
千葉大学の研究グループによると、認知症を含む加齢性記憶障害は、ヒトだけでなく、マウスやショウジョウバエ、線虫など多くのモデル動物でも共通してみられる現象であるという。そこで同研究グループは、寿命が短く老齢個体を容易に得ることができるショウジョウバエを今回のモデル動物として用いた。
ショウジョウバエは、匂いと電気刺激を同時に与えられると、その匂いを電気刺激と関連付けて学習し、一定時間記憶することができるのだが、老化したショウジョウバエでは記憶する能力が低下する。同研究グループはこのモデルを用いて、加齢に伴い脳内で発現量が変化することによって記憶低下の原因となる遺伝子を網羅的に探索した。
具体的には、まず遺伝子の発現量を解析する手法のRNAシーケンス(注3)を用いて、ショウジョウバエの脳内で加齢に伴い発現量が変化する遺伝子を抽出した。次に、データベースとの比較解析を駆使して、記憶低下の原因となる候補遺伝子を絞り込んだ。さらに、それぞれの候補遺伝子の発現量を脳内で改変したショウジョウバエを作製し、それらの記憶能力を測定した。
その結果、一酸化窒素(NO)によって活性化される『可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)』の発現量が加齢に伴い増加し、sGCの発現量を脳内で低下させると記憶が上昇することが明らかになった。たとえば、一部の神経細胞でsGCの発現量を抑制させたショウジョウバエや、sGCを阻害する薬剤を投与したショウジョウバエでは、加齢による記憶低下が改善した。さらに、脳内の神経細胞の周囲に存在するグリア細胞で、NOを合成する酵素であるNO合成酵素(NOS)の発現量を抑制させたショウジョウバエや、NOSを阻害する薬剤を投与したショウジョウバエでも記憶低下が改善した。
上記により、加齢に伴うNOやsGCに関連する経路の活性化が、記憶の低下を引き起こす一つの原因となることが示唆された。
認知症に対する新薬開発や新たな生体内リスクマーカーの発見を期待
千葉大学の研究グループは、今回の研究成果について「今後は、NOやsGCに関連する経路が加齢に伴い活性化するメカニズムや、記憶を低下させるメカニズムのさらなる解明が期待される。また、本研究で明らかになったことが、認知症に対する新薬開発や新たな生体内リスクマーカーの発見に繋がることも期待される」との見解を示している。
なお、本研究成果に関する論文は、2022年8月13日に『Aging Cell』に掲載された。
千葉大学の研究グループのさらなる研究成果を期待したい。■