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なぜ、日常の運動習慣が「ストレスによる高血圧」の発症を防ぐのか?――順天堂大学大学院の研究成果

高血圧,運動後下がる
(画像= Canva、La Caprese)

「慢性的なストレスによる高血圧発症の予防には、運動が効果的であることを裏付けるメカニズムの一部を解明」――2023年6月12日、順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科の研究グループは、そのような研究成果を発表した。

本研究では、ラットをほぼ毎日1時間拘束すると、3週間後に血圧が上昇するとともに、骨髄の炎症反応、血中炎症細胞(Tリンパ球や単球などの白血球)の増加、さらに血圧を調節する脳領域(視床下部室傍核:PVN)における炎症細胞の浸潤(血液から脳への移動)が認められた。研究グループは、これらの細胞がミクログリア(※1)となりPVNの炎症(血圧調節中枢の異常)と高血圧症を導くと考えられる、との見解を示した。ちなみに、運動ができる環境(回転かごによる自由運動)を与えても、ストレスによる骨髄の炎症や血中炎症細胞の増加を抑えることはできなかった。一方、運動によりPVNへの炎症細胞の浸潤が抑制されることが判明した。以上のことから、運動習慣は脳の炎症を抑制することで、高血圧症をはじめ、ストレスに起因した病気から心身を守っている可能性が示唆された。

今回は順天堂大学大学院の研究成果を紹介したい。

用語解説

(※1) ミクログリア:中枢神経系に存在する細胞の一種で免疫細胞としての役割がある。

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日常の運動習慣が「ストレスによる高血圧」発症を防ぐ理由

本研究成果のポイント

▼運動習慣がストレスによる高血圧発症を予防・改善する仕組みについて検討
▼運動習慣はストレスによる視床下部領域の炎症反応を抑制することで高血圧発症を予防
▼本成果は神経炎症性疾患など他の病気に対する運動効果の機序解明にも貢献

「ストレスに対する運動習慣の効果」について観察

ストレスが重なる(慢性ストレス)と、高血圧症をはじめとした心血管病やうつに代表される気分障害など、心身に様々な病気が生じる。その一方で、運動習慣はストレス解消法として効果的であり、事実、ストレスに起因した様々な病気の予防・改善に有効であることが判明している。しかしながら、その機序の詳細については解明されていない部分も多い。

ちなみに、ストレスは、炎症細胞(白血球)を作り出す骨髄を刺激し、血液中の炎症細胞を増やし、さらにこれらの一部が脳内に移行し炎症反応を誘発することが知られている。そこで、研究グループは「運動習慣は慢性的なストレスに起因した一連の炎症反応を抑制する」という仮説を立てた。この仮説を検証するために、本研究では慢性ストレスに依存した高血圧症に着目し、ラットの拘束ストレス(1日1時間、週5日間、3週間)が、血圧、骨髄および視床下部の遺伝子発現、白血球分画(※2)、PVNにおける骨髄由来性炎症細胞数について測定・解析を行った。さらに、ラットに拘束ストレスを課すものの、自発性走運動を行うことができる回転カゴ付きケージで飼育した場合についても同様の測定・解析を行い、ストレスに対する運動習慣の効果について観察した。

用語解説

(※2) 白血球分画:白血球は好中球、リンパ球、単球、好酸球、好塩基球に分類されるが、それぞれの割合を示す。フローサイトメトリーにより、白血球分画やそれぞれの量を測定することができる。

日常の運動習慣が「ストレス依存性高血圧」を予防するメカニズムの一部を解明

本研究は、若齢ラットを用い、(i)拘束ストレス群、ストレス群と同条件でストレスが負荷されるものの、自由に運動することができる環境で飼育を行う、(ii)拘束ストレス+運動群、(iii)対照群の3群……に分けて実施した。ストレスは拘束衣を用いて1日1時間、週5日間、3週間のストレスを課し、飼育期間前後に全てのラットの尾部より血圧を測定した。飼育期間終了後、ラットの骨髄と視床下部からRNAを採取し、マイクロアレイ法やリアルタイムPCR法を用い網羅的遺伝子発現解析を行った。また、血液サンプルを用いたフローサイトメトリー法による白血球分画の測定と、免疫染色法を用いたPVNにおける骨髄由来性ミクログリアの有無について調べた。

その結果、ラットの3週間の拘束ストレスにより、血圧は有意に上昇することが判明した。また、骨髄の炎症性因子(Ccr2、IL1b、Ifngなど)の遺伝子発現水準も、対照群に比べて有意に上昇した。白血球分画について見ると、ストレスによりTリンパ球や単球の数が増加することが判明した。さらに、視床下部領域でも、炎症性因子(Ngfr、Lhx8、Mmp3など)の遺伝子発現水準の増加と、PVNにおける骨髄由来ミクログリアの数が増加することが分かった。拘束ストレス+運動群では、骨髄の遺伝子発現や白血球分画については、ストレス群で認められた炎症反応をむしろ増悪する傾向にあったが、視床下部においてはMmp3遺伝子発現の抑制に加え、炎症細胞の遊走活性化因子(※3)(Ngf、Hmgb1、Cx3cr1、faslgなど)の遺伝子発現がストレス群および対照群より減少することが判明した。さらに、PVNにおける骨髄由来ミクログリアの数は対照群と変わらなくなった。

上記により、運動習慣はストレスによる末梢(骨髄や血液)の炎症反応を改善することはないものの、視床下部における炎症細胞の遊走性を抑制することで、PVNなどにおける炎症細胞の浸潤を抑制し、ストレス依存性高血圧を予防している可能性が示された。

高血圧,運動後下がる

出典:順天堂大学大学院

用語解説

(※3) 遊走活性化因子:白血球は血管内から血管外へ移動する能力(遊走)を示すが、それを活性化する物質。

高血圧症以外の病態の発症や運動効果の解明も期待

研究チームは、本研究の課題について「今後は、ストレスによる炎症細胞のPVNへの浸潤と運動による抑制メカニズムについて調べる必要があります」との認識を示した。血液成分の脳実質への移動は、血液脳関門(BBB)によって制限されているので、運動はBBB機能を強化する可能性が考えられるという。また、本研究では、ストレス依存性の高血圧症に焦点を当て、特に視床下部領域の炎症反応について調べたが、パーキンソン病、アルツハイマー病、うつ病なども脳の炎症によって発症する神経炎症性疾患に分類されており、定期的な運動がこれらの疾患を予防・改善することも知られている。このことから、「今回の研究成果は高血圧症以外の様々な病態の発症や運動効果について、分子レベルでのメカニズム解明につながるものとして期待されます」としている。

なお、本研究は2023年3月20日付のPhysiological Genomics誌のオンライン版にて先行公開された。

順天堂大学大学院のさらなる研究成果を期待したい。■

(La Caprese 編集部)

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