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成人女性の冷え症と関連する遺伝要因を発見。網羅的なゲノム解析で――慶應義塾大学とツムラ、DeNAライフサイエンスの共同研究

冷え性とは,原因
(画像= ACworks / 写真AC、La Caprese)

「網羅的なゲノム解析で成人女性の冷え症と関連する遺伝要因を発見」――。2024年2月7日、慶應義塾大学(本部:東京都港区)とツムラ(本社:東京都港区)、DeNAライフサイエンス(本社:東京都渋谷区)の共同研究で、そのような成果が明らかになった。

本研究はMYCODE Research(※1)のもとで参加に同意した日本の成人女性約1,200人を対象に行われたもので、冷えの自覚症状に関する網羅的なゲノム解析(※2)としては初めての研究である。その結果、冷え症と関連するゲノム領域を発見した。

冷え症は、腰や手足などを冷たく感じ、痛みなどを伴うことが知られている状態である。女性に多く、その原因は女性ホルモンの乱れや自律神経の失調など、多様な要因が考えられている。本研究では、KCNK2遺伝子近傍のrs1869201一塩基多型と、TRPM2遺伝子上のrs4818919遺伝子多型などが、冷え症のリスクと関連していることが示唆された。これらの一塩基多型は、それぞれ冷え症に関連するタンパク質の発現量を変化させることで、冷え症のリスクを高めると考えられる。これらの遺伝子に由来するタンパク質は、温度だけでなく痛みの感度にも関連しているため、冷え症の患者がさまざまな疼痛疾患を合併していることを説明できる可能性があるという。さらに、一部の生薬がこれらのタンパク質の作用に影響することも報告されており、漢方薬が冷え症に有効であるメカニズムの解明にも重要な意義をもっていると考えられる。

なお、本研究成果は2024年1月22日(日本時間)に国際科学雑誌Scientific Reportsに掲載された。同時に、本研究成果をもとに冷え性判定方法、および冷え症タイプ判定方法についての特許出願も行われた。

本研究成果の概要は以下の通りである。

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網羅的なゲノム解析で成人女性の冷え症と関連する遺伝要因を発見

冷えは器質的な異常がないにもかかわらず、全身または身体の一部に寒冷感を自覚する症状で、冷えにより日常生活に苦痛を感じ支障をきたす場合には冷え症とされ、漢方外来を受診する患者の中でも最も多い症状でもある。冷え症を有する患者は苦痛を伴う寒冷感を自覚するのみならず、不眠や疲労感、浮腫、痛みなどの随伴症状をともない、生活の質を低下させるとともに他疾患発症の引き金になるとすら考えられ、冷えおよび冷え症の実態把握と治療法の確立が重要な課題となっている。

これまでに冷えおよび冷え症が発症する生理学的メカニズムとして、自律神経機能失調による血管運動神経障害、エストロゲン低下による女性ホルモンのバランス異常、筋肉量の減少による体温調節機能の低下などが示唆されてきた。その一方、冷えを有する女性の母親はその60%以上が冷えを有することが報告されており、また思春期以降の外来患者における冷えおよび冷え症の頻度が年齢によって大きな変動を認めないことから、冷えおよび冷え症が遺伝的背景に起因することが示唆されていた。しかしながら、冷えに関連する網羅的な遺伝子解析研究報告はなく、冷えに対する遺伝的要因の影響に関しては定かではなかった。

本研究は、MYCODE Researchのもとで参加に同意した成人女性(20歳以上60歳未満)を対象に、アンケートにより冷えの自覚部位および負担感を調査し、ゲノム上にある500万箇所以上の一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism:SNPs)(※3)との関連を、統計的に検討した。また、今回の研究成果をもとに「冷え性判定方法、及び冷え症タイプ判定方法」として特許出願(出願番号:特願 2023-130837)も行った。

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冷えおよび冷え症の遺伝的基盤の解明へ

本研究の参加に同意した解析対象の成人女性のうち、512名は冷えを自覚しておらず、599名が冷えを自覚していた。冷えを自覚している群は体重が低く、運動習慣がない・閉経前・のぼせを自覚している・漢方薬を使用している方の割合が高いことが判明した。

また、身体症状による負担感を評価する自記式質問票の身体症状スケール(SSS-8 スコア)は、冷えを有する群が冷えを有さない群よりも有意に高く、冷えの程度が重度になるとスコアも高くなることが明らかになった(図 1)。さらに、冷えの部位によらず、冷えのない群よりもスコアが高いことも判明した。したがって、冷えを有する方は痛みをはじめとするさまざまな身体症状による負担感を自覚していることが明らかになった。

冷え性とは,原因
(図1) 身体症状スケール(SSS-8 スコア)と冷えの程度および冷えの部位の関連性 出典:慶應義塾大学

ゲノムワイド関連解析(Genome Wide Association Study:GWAS) (※4)で、P<0.00001を示唆的有意水準としたところ11のゲノム領域を同定した(図2、青線が示唆的有意水準を示す)。これらの領域のSNPsは全てアミノ酸置換を伴わない変異であったため、これらを発現量的形質遺伝子座(Expression-Quantitative Trait Locus:eQTL)(※5)のデータベースであるThe Genotype-Tissue Expression(GTEx)で検索し、周辺の遺伝子の発現量への影響を確認したところ、温度感受性チャンネルであるKCNK2やTRPM2の発現量に影響があることが確認できた。

冷え性とは,原因
(図2) 冷えの有無に関するゲノムワイド関連解析結果のマンハッタンプロット 出典:慶應義塾大学

ちなみに、KCNK2とTRPM2はいずれも陽イオンチャネルで、チャネルの活性が温度によって変化することが示されている。

KCNK2の活性はヒトの体温では細胞膜電位を低下させる、つまり神経活動を阻害するように働いている。そのため本研究で同定したSNPがある場合にKCNK2が減少すると、神経の低温に対する感度が高まることが予想される。KCNK2はショウガの成分などにより活性が高まることも報告されている。

TRPM2は深部体温の維持に関与していると報告されており、本研究で同定したSNPがある場合に脳内の組織で発現が低下すると、深部体温を維持しようとする働きが強まり熱の放散を防ぐために手足の血管が収縮し冷えが発生することが予想される。TRPM2もさまざまな生薬により活性化されることが報告されている。

本研究により、冷えおよび冷え症が一様な疾患・状態ではないことが示唆され、原因となる可能性のある遺伝子が発見された。今後、本研究の成果をさらに大規模に検証することで、冷えおよび冷え症の遺伝的基盤の解明につながることが考えられる。さらに、生薬により活性化されるイオンチャネルが本研究で発見した冷え症の関連遺伝子として挙げられることから、本研究の成果は漢方薬が冷え症に有効であるメカニズムの解明にも重要な意義をもっていると考えられる。■

【用語解説】

(※1)MYCODE Research(マイコード・リサーチ):DeNA ライフサイエンス社が行っている、一般向け遺伝子検査サービス「MYCODE」の会員約 12 万人のうち、約9 割の研究参加同意会員の協力を得て行うユーザー参加型の研究プロジェクト。インターネットを活用することでユーザーコミュニティの個人が自らの同意の下で研究に参加して科学の発展に寄与できる“Community-derived science”を実現している。
(※2)網羅的なゲノム解析:GWAS のデータベース「GWAS Catalog」検索 “coldhypersensitivity”(2024 年 1 月時点)
(※3)一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism:SNPs):遺伝子多型と言われるDNA配列の個人差の一つ。ヒトが保有する約 30 億の塩基対の配列には人種や個人間で異なる部分があり、1 つの塩基だけが別の塩基に置き換わっているものをSNPという。集団の中て 1%以上に存在するものを指す。
(※4)ゲノムワイド関連解析(Genome Wide Association Study:GWAS):ヒトゲノム配列上に存在する数十〜数百万か所の SNP 等の遺伝子多型と疾患や形質との関連を、全ゲノム領域で網羅的に検出する遺伝統計解析手法。数千人~百万人を対象に大規模に実施されることで、これまでにさまざまな疾患や体質に関連するがゲノム領域が同定されている。
(※5)発現量的形質遺伝子座(Expression-Quantitative Trait Locus:eQTL):遺伝子の発現量の個人差と関連する SNP 等のゲノム領域。

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