香りの感じ方は他の感覚に比べ、言葉で正確に表現するのが困難とされている。たとえば、マンダム(本社:大阪府大阪市)によると、近年は香りが及ぼす身体への影響を客観的に把握するために、自律神経系(※1)の反応や脳活動等の計測手法を用い、鎮静/覚醒方向への生理反応を利用して検証することが一般的であるが、この方法においても「香りをどのように感じているか」は推し量ることができず、香りの実感となる情緒的な部分の把握が必要であった。
注目されるのは、2024年2月29日にマンダムが「言葉と紐づけた情景画像による新たな香りの印象の評価法」を試みた研究成果を発表したことだ。本手法を用いることで、調香師のような専門的知識を持たない一般の人が持つ香りへの印象を、画像を介したスコアに基づいてマッピングし、情景画像によって特徴を可視化できるという。これにより、既存の生理計測や心理検査で評価することができる身体的な効果性に加え、情緒価値の理解に及んだ香料の開発を推進することが可能となる。
今回はマンダムの研究成果を紹介したい。
言葉で表現しづらい「香り」印象を、情景画像を用いた評価アプローチで可視化
香りを嗅ぐと、過去の経験や体験の場面、それにまつわる感情が呼び起こされると言われている。その場面は類似した画像に置き換えられ、その類似画像に対する感情は、香りの印象につながるとの仮説を立てた。この仮説から、言葉では説明が難しい香りに対して、情景画像を用い、その人が直感的に感じる香りの印象を把握できるか試みた。評価方法は以下の通り。
ラベンダー精油は鎮静的な属性、オレンジスイート精油は覚醒的な属性を示す
上記「評価方法(図1)」を踏まえ、感情ことばへ変換したスコアについてコレスポンデンス分析(対応分析・数量化Ⅲ類)し、マップを作成した(図2)。各試験香料の近くにあることばは、その香りとの結びつきが強いことを示す。この分析では、数値データから各香料と感情ことばとの関連の強さを導き、それを二次元上に反映させてマップにした。
このマップから、ラベンダー精油は「落ち着く/鎮まる」「リラックスする」などの鎮静的な属性、一方でオレンジスイート精油は「わくわくする」「元気が出る/活力が出る」などの覚醒的な属性を示し、この2種の香りにおいて、従来認識されている特性と相違ないことが確認できた。鎮静と覚醒は相反する特徴であり、マップ上でも対称の位置関係にあった。その他の感情ことばについても矛盾を感じることなく配置されていることから、得られたマップの信頼性は高いと考えられ、本手法の有効性が示唆された。
(図3)には、各香りで多く選択された画像とその画像に最も多く結びついた印象ことばを示した。これら(図2)や(図3)から、本試験で使用した香料Aは、「癒される」というほっとした気持ちや「すがすがしい」「明るい」という前向きな気持ちを引き起こすとともに、女性らしい花や果実の華やかさを表現した香りであることが可視化された。
「香り」の生理的・心理的な身体への影響も確認
次に、この香りの生理的・心理的な身体への影響も併せて確認するため、香料Aに対する生理計測・心理検査を行った。その結果、香料Aを嗅ぐことにより、空気(コントロール)と比較し、自律神経系(※1)の反応である縮瞳率(※2)、末梢皮膚温(※3)ともに有意に高くなり、また、中枢神経系(※4)の反応である前頭前野中央部分のfNIRS(※5)による脳活動は有意に低下していた(図4)。さらに、POMS2短縮版(※6)による心理検査において、香料Aを嗅いだ後は、怒り-敵意、抑うつ-落込み、疲労-無気力の項目において有意に低下が認められた。これらの生理計測・心理検査の変化はすべて鎮静方向への反応を示すものであった。
マンダムは、スキンケア製品をはじめとした化粧品の情緒的な価値において、「香り」は極めて重要な要素であると認識しており、「生活者が香りを嗅ぐことで感じる真の気持ちの理解は製品の設計に必須」としている。機能性は当然のことながら、人の気持ちを高める効果もわかりやすく示し、それが生活者にとって製品選びの有用な情報となるよう、今後も情緒価値に着目した研究開発に取り組む方針である。■
(La Caprese 編集部)