肝臓は人体最大の臓器で、代謝、エネルギー貯蔵、解毒作用、胆汁の生成など、人間が健康的に生きるために必要な多くの機能が備わった臓器であるが、肝炎ウイルス、薬物、アルコールなどが原因で肝機能障害を引き起こすことが知られている。一方で近年の研究では、非アルコール性脂肪性肝疾患の原因の一つとして過剰な脂質の蓄積が挙げられるなど、脂質と肝疾患の関連性が指摘されている。そのため、肝臓に蓄積された脂質分布を非侵襲・非標識でより詳細に測定できる手法が模索されていた。
そうした中で注目されるのは、東京理科大学と大阪公立大学大学院の研究グループが2023年12月22日に、近赤外ハイパースペクトルイメージング(NIR-HSI)と機械学習を組み合わせた非侵襲・非標識の新たな手法を開発し、生体組織に蓄積された脂肪酸の炭化水素鎖長・飽和度などの分子特徴量を可視化することに成功したと発表したことである。本研究では、脂肪量を調整した食餌をマウスに与えた後、肝臓の摘出、脂質の抽出、NIR-HSIによる分析を行なった。脂肪酸の炭化水素鎖長と飽和度という特徴量を軸として、サポートベクター回帰(SVR)を用いて解析することにより、総脂質濃度だけでなく、脂肪酸の炭化水素鎖長と飽和度という分子特徴量の描出に成功した。
メタボリックシンドロームという言葉に象徴されるように、近年の人々のライフスタイルの変化により、代謝に関連する疾病の治療法や予防法の確立がますます重要になっている。本研究で示した手法をさらに発展させることで、脂質が病態進行に関係するとされている非アルコール性脂肪性肝疾患、脂肪性肝炎、肝硬変や肝細胞がんなどのリスクを推定できる可能性がある。また、それらの病態生理学的状態の解明につながることも期待される。なお、本研究成果は2023年11月23日に国際学術誌「Scientific Reports」にオンライン掲載された。
本研究の概要は以下の通りである。
生体組織中の脂肪酸分布の特徴を無標識で可視化する手法を開発
脂肪酸の特徴量分布から正常組織、病変組織の特定が可能に
800〜2,500nmの波長をもつ近赤外線は生体組織の透過性が高いと同時に、さまざまな有機物によりわずかに吸収されるなどの特長を有している。これらの特性により、食品中の水分量の推定、皮膚の発色団の視覚化など、さまざまな分野で応用されている。しかしながら、近赤外領域で得られる有機物の吸収スペクトルは、弱い吸収ピークが幾重にも重複して形状が複雑化しており、スペクトルから正確な情報を抽出するのは非常に困難であった。
過去に本研究グループは、機械学習を組み合わせたNIR-HSIにより、非侵襲・非標識で肝臓内の脂質濃度の分布を可視化できる手法の開発に成功していた。しかしながら、分子量、単結合数、二重結合数など、構造や性質の異なる脂質を分類するまでには至っていなかった。そこで本研究では、総脂質含有量に加えて、脂肪酸の炭化水素鎖長と飽和度を非侵襲・非標識でイメージングする方法の確立を目的として研究を進めた。
まず、脂質含量の異なる肝臓を持つマウスを準備するために、標準的な食餌を与えた群(通常食: ND)と、高脂肪食を与えた4つの群(高脂肪食(HFD)、高コレステロール食(HCD)、2%リノール酸を含む高脂肪食(2%LA)、12%リノール酸を含む高脂肪食(12%LA))に分類した。それぞれのマウスから摘出した肝臓から脂質を抽出して分析すると同時に、NIR-HSIで画像とスペクトルを取得した。これらのマウスの肝臓には、主にパルミチン酸、リノール酸、α-リノレン酸という3つの脂肪酸が含まれており、脂肪酸の炭化水素鎖長は17.11〜17.85で、2%LA、12%LA、HFD、ND、HCDの順に増加することが判明した。飽和度は0.74〜0.84で、HCD、ND、HFD、12%LA、2%LAの順に増加した。これは、肝臓に蓄積された脂肪酸の二重結合の割合がこの順に減少していることを示している。
次に、食餌別のマウスの肝臓について、1,000ピクセルのスペクトル変化を検証した。正規化手法の一つである標準正規変量(standard normal variate: SNV)処理を行った吸収スペクトルでは、1,150〜1,210nmの波長範囲で吸収ピークの形状に違いが見られた。そのため、マウスに与える食餌によって、肝臓に蓄積した脂質が変化したことが示唆された。また、SNV処理されたスペクトルを使用して、肝葉ごとに総脂質含量、炭化水素鎖長、飽和度の推定におけるSVR解析の精度を評価した。その結果、いずれのパラメーターについても高い決定係数(R2>0.8)で推定することができることが明らかとなった。特に、炭化水素鎖長と飽和度については、食餌ごとのプロットに注目すると、特徴的なクラスターを形成していることが判明した。
さらに、炭化水素鎖長と飽和度分布を描画し、食餌ごとの炭化水素鎖長と飽和度の関係について評価した。HFDを与えたマウスの肝臓はパルミチン酸を多く含むため、飽和度が大きくなり、HCDを与えたマウスの肝臓はリノール酸とα-リノレン酸を多く含むため、飽和度が小さくなることが明らかになった。また、2%LAを与えたマウスの肝臓は飽和脂肪酸であるパルミチン酸とミリスチン酸を含むため、炭化水素鎖長が小さくなる一方、飽和度が大きくなることが判明した。12%LA食を与えたマウスの肝臓は、2価の不飽和脂肪酸であるリノール酸を多く含むが、3価の不飽和脂肪酸であるα-リノレン酸の含有量が低いため、飽和度が若干大きくなる傾向にあることが示唆された。
最後に、12%LAを含むHFDを与えて肝がんを発症したマウスから採取した肝臓サンプルの特徴量分布について評価した。SNV処理後の吸収スペクトルでは、正常部と腫瘍部で1,150〜1,210nmの波長範囲における吸収ピークの形状に違いが見られた。また、炭化水素鎖長については大きな差はなく、飽和度については正常部よりも腫瘍部で小さくなったことから、腫瘍部にリノール酸が多く含まれていることが示唆された。以上の結果から、本手法は肝臓がんなどの病変組織における脂肪酸含量のコントラストを可視化できる可能性を秘めていると考えられる。
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脂質代謝異常が関与する疾患の診断・治療・予防へ
本研究を主導した東京理科大学先進工学部機能デザイン工学科の梅澤雅和准教授は「ビッグデータの取得と適切な分析を行うことにより、人々のQOL向上に資するさまざまな生体情報を可視化したいと考え、本研究に取り組みました。生体組織や生体内反応とNIR-HSIデータとの関連は複雑ですが、とても興味深いものです。本研究で示した手法は、生体組織における代謝の中でも重要な脂肪酸の分布の特徴を可視化するものであり、脂質代謝異常が関与する疾患の診断・治療・予防、ひいては病態生理学研究の発展にも寄与することが期待されます」と、研究の意義についてコメントしている。■
(La Caprese 編集部)