いまから17年前――2006年9月27日に厚生労働省は『今後の高齢化の進展~2025年の超高齢社会像~』という調査報告書を公表している。報告書では「団塊の世代」と呼ばれる戦後のベビーブーム世代が後期高齢者の75歳以上となり、高齢者人口は約3,500万人に達すると推計していた。その後、2015年3月には『日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究』(厚生労働科学特別研究事業)が公表され、高齢者人口の19.0%が認知症を発症するとの推計が明らかになった。高齢者の実に5人に1人が認知症となる計算である(「2025年問題」)。
ちなみに、朝日生命保険が全国の25~59歳の男女2,319名を対象に行なったアンケート調査『親の介護・認知症についての意識調査』(2022年12月15日公表)によると、「親御様の認知症発症リスクについてどう考えていますか?」との質問に対して「(自分の親は)認知症になると思う」との回答が約半数(48.4%)にのぼった。前述の厚生労働科学特別研究事業の報告書が公表されてから約8年、認知症発症リスクは多くの人に現実味をもって受け止められているように感じられる。
エーザイのアルツハイマー病新薬「レカネマブ」、日本でも承認申請
認知症の原因についてはさまざまな仮説がある。現在、その仮説の主流の一つに「アミロイドβ」と呼ばれる、脳でつくられるたんぱく質が認知症の発症に関係する、という説がある(アミロイドβ仮説)。大手製薬会社のエーザイ <4523> が米バイオジェンと共同開発したアルツハイマー病新薬「レカネマブ」(製品名:レケンビ)は、上記の「アミロイドβ仮説」に基づいて開発された抗体医薬であり、脳内に蓄積したアミロイドβを取り除き、認知機能の悪化を抑制する、というものである。
「レカネマブ」は2023年1月6日に米食品医薬品局(FDA)にて迅速承認され、11日には欧州医薬品庁(EMA)へ販売承認を申請、さらに日本では16日に厚生労働省所管の医薬品医療機器総合機構(PMDA)に承認申請を行なっている。
サルコペニア肥満、脳腸相関…認知症の「発症予防」の研究も
一方、生活習慣の改善など日常生活の中で気軽に実践できる有効な対策「発症予防」に関する研究も行われている。たとえば、2022年4月には、順天堂大学大学院の研究グループが1,615名の高齢者を対象とした研究で「サルコペニア肥満で認知症リスクが6倍になる」ことを明らかにしている。
サルコペニア肥満とは、筋肉量が減少して脂肪の割合が増える肥満のこと。BMI(ボディマス指数)が正常で、外見は肥満に見えず、自分自身も周囲の人も気づかないことが多いため「隠れ肥満」と呼ばれることもある。本研究では、運動や食事など日頃からの生活習慣を改善することで、認知症発症リスクが低減される可能性が示唆されたほか、認知機能低下の早期発見に役立つことも期待されている。
また、順天堂大学は2022年6月13日に「ビフィズス菌の摂取により、軽度認知障害(MCI)患者の認知機能の改善および脳萎縮の進行を抑制できる」との研究成果を発表している。
軽度認知障害とは、物忘れが主たる症状であるが、日常生活への影響はほとんどなく、認知症とは診断できない状態であり、「正常と認知症の中間のような状態」(厚生労働省「e-ヘルスネット」より)とされている。軽度認知障害の患者は、現在国内で約400万人いるとされており、2019年6月に厚生労働省が公表した『認知症施策の総合的な推進について』では、軽度認知障害患者のうち年間10~30%が認知症に移行すると試算されている。
近年は腸内細菌が健康と密接に連関していることが明らかになっており、腸と脳が機能連関することを意味する「脳腸相関」も注目されている。順天堂大学の本研究成果もそうした「脳腸相関」に着目したものである。本研究は「脳腸相関」に着目することで、これまで治療が難しかった領域について、新たな光が見えてくる可能性を示唆している。
日本が直面する「認知症共生社会」
もう一つ、認知症の「治療」や「予防」と並んで大切なのが「共生」である。高齢者の5人に1人が認知症になるとされる2025年は間近に迫っている。5人に1人となれば、親族や友人、知人など身近な人が認知症を患うケースもないとはいえない。親族として、友人・知人として、あるいは社会として、認知症の人とどう向き合えばよいのか「共生」のあり方が益々問われるだろう。
その一環として注目されるのが、東京都の品川区の取り組みである。品川区は「認知症になっても安心して住み続けられるまちづくり」の一つとして、認知症を患っている本人と家族の良好な関係維持に役立つプログラム「認知症ミーティングセンター」の運営支援を行っている。
品川区は、これまで認知症本人と家族の支援メニューとして、本人同士で語り合う「本人ミーティング」や家族介護者の情報交換としての「介護者の集い」を開いていた。「認知症ミーティングセンター」はこれらを組み合わせたような形が特徴で、複数の認知症を患っている本人と家族が「出会い」、ともに「話し合い」、それぞれの不安感や思いを「共有」したり、「活動」したりすることを目的としている。
一方、自治体や大学、専門機関などとの連携した取り組みもみられる。たとえば、兵庫県の神戸市と神戸大学(大学院)、WHO健康開発総合研究センターは認知症の早期発見・早期介入を目指す「神戸モデル」の構築に向けて、神戸医療産業都市推進機構医療イノベーション推進センターや神戸学院大学とも連携して、共同研究『認知症の社会負担軽減に向けた神戸プロジェクト』に取り組んでいる。
ちなみに、冒頭で紹介した朝日生命保険のアンケート調査『親の介護・認知症についての意識調査』では、「もしも親御様が認知症になったら、どんなことが心配ですか?(複数回答)」との質問に対して、「誰かに迷惑をかけてしまうのではないか」との回答がもっとも多く59.1%に達している。繰り返しになるが、これからの時代、親族として、友人・知人として、あるいは社会として、認知症の人とどう向き合えばよいのか「共生」のあり方が益々問われるだろう。■
(La Caprese 編集長 Yukio)