厚生労働科学研究費補助金特別事業『日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究』(2014年)によると、日本の認知症患者数は2012年の時点で約460万人、それが2025年には675万人以上、2040年には800万人以上になると報告されている。
そうしたなかで注目されるのは、2022年12月1日に神戸大学大学院の研究チームが明らかにした研究成果だ。研究チームは2017年より取り組んできた複数の研究の中で、約8万人の70歳代の神戸市民を対象とした質問票「基本チェックリスト」を用いて、認知機能に関連する3つの質問により、要介護認定になるリスクを推定できることを明らかにした。
神戸大学大学院の研究チームは、本研究成果について、リスクが高いと推定される市民に的を絞った対策を行い、認知症の社会負担を減らす糸口を見いだす可能性を示唆するものとの見解を示している。以下はその研究成果の概要である。
「認知症の社会負担軽減に向けた神戸プロジェクト」
神戸大学とWHO健康開発総合研究センター(WHO神戸センター)は、神戸市役所の協力で作成されたデータをもとに、認知症の早期発見・早期介入をめざす「神戸モデル」の構築をめざし、地元研究機関である公益財団法人 神戸医療産業都市推進機構医療イノベーション推進センター(TRI)および神戸学院大学と連携して、共同研究「認知症の社会負担軽減に向けた神戸プロジェクト」を実施してきた。
本プロジェクトでは4つの分担研究が実施され、その分担研究のひとつについて論文発表が完了したことを受けて、今回その主要な成果を公表することとなった。なお、本研究は神戸市役所で保管されている基本チェックリストと要介護認定のデータを統合して、好ましくない回答をした数が多いほど要介護認定のリスクが高いことを推定した先行研究のレトロスペクティブ調査を前向きに実証する研究である。
「好ましくない回答」が多いほど、要介護認定の発生率が高くなる傾向
本研究は、2015年に要介護認定を受けていない神戸市在住の「70歳以上の高齢者7万7,877人」を対象に、神戸市が郵送した日常生活の自立度に関する25項目の質問票「基本チェックリスト」を用いた。
具体的には、基本チェックリストの質問への回答結果と2015年から2019年にかけて収集された要介護認定データを突合し、要介護認定発生との関連を調べた。また、先行研究と同様に、基本チェックリストの内の認知機能に関連した3項目の質問「周りの人からいつも同じ事を聞く等の物忘れがあると言われますか」(好ましい回答:いいえ)、「自分で電話番号を調べて、電話をかけることをしていますか」(好ましい回答:はい)、「今日が何月何日かわからないときがありますか」(好ましい回答:いいえ)への回答結果にも注目した。
アンケートを受け取った市民7万7,877人のうち、5万154人から回答を得ることができた(回答率:64.4%)。まず、基本チェックリスト調査から4年後の要介護認定の累積発生率は、回答しなかった人のほうが回答した人よりも高くなる傾向がみられた(12.5%対8.4%)(図1)。
また、回答者のうち、3つの質問に対して「好ましくない回答」が多いほど、要介護認定の発生率が高くなる傾向が認められた(好ましくない回答の数が0、1、2、3の回答者は、それぞれ4年後の時点で5.0%、8.4%、15.7%、30.2%)(図2)。同様に、認知機能低下を伴う要介護認定に限定した場合でも、好ましくない回答が多いほど、要介護認定の発生率の上昇がみられた(好ましくない回答の数が0、1、2、3の回答者は、3.4%、6.5%、13.7%、27.9%)。
健康寿命を延ばす「ラーニングヘルスシステム」
ちなみに、2016年12月14日に「官民データ活用推進基本法」が公布・施行され、神戸市をはじめ行政機関が保有する精度の高いデータの適正かつ効果的な活用が推進された。また、2022年4月1日には日本医学会連合から「フレイル・ロコモ克服のための医学会宣言」が発出され、関連学会がそれぞれフレイル・ロコモ克服に向けた方針を発表し、この国家的重要課題である超高齢社会の克服に向けた動きが活発化している。
神戸大学大学院の研究チームは、本研究について、行政機関が保有する精度の高いデータを定期的に解析し、解析結果を行政施策に反映させ、一定期間後に予後が向上していることを実証するサイクルを回し、その結果として要支援・要介護状態の数を減らして健康寿命を延ばす「ラーニングヘルスシステム」の中に位置づけられる重要な成果、との見解を示している。
なお、本研究成果は2022年11月29日に「Health Research Policy and Systems」にて公開された。■
(La Caprese 編集部)