「神経性やせ症(拒食症)の脳機能異常を網羅的に解明」――。2024年3月19日、千葉大学(所在地:千葉県千葉市)の子どものこころの発達教育研究センターが、全国5施設との共同研究で実施した脳機能画像の大規模解析で、そのような成果が公表された。
神経性やせ症は「太ることへの恐怖」から過剰な食事制限や運動を続け、著しい体重減少をきたす摂食障害である。厚生労働省調査研究班によると、神経性やせ症の受診患者数は国内で約1万2,000人、摂食障害全体では約2万6,000人いることが見込まれており、未受診者を含めるとその数は数十万人に上ると推測されている。長期的死亡率も18%と全精神疾患の中で最も高い重篤な疾患なのだが、この疾患がどのような脳の異常により引き起こされているかは未解明で、有効な薬物療法も開発されていないのが現状である。
本研究は、世界で初めて神経性やせ症における脳機能異常の網羅的な解明である。研究チームは、今回明らかになった全脳45領域間の機能異常について、神経性やせ症の病態理解を深めるとともに、同疾患の診断マーカーや治療上のターゲットになることが期待される、との見解を示している。
なお、本研究成果は2024年3月19日(現地時間)に、学術誌Psychological Medicineのオンライン版で公開された。本研究成果の概要は以下の通りである。
神経性やせ症の脳機能異常を網羅的に解明
これまでの先行研究においては、神経性やせ症で生じている脳の機能異常を明らかにするために、脳の活動状態を調べることのできるfMRI(※1)を用いて、安静時の機能的結合性(※2)を調査する研究が数多く行われてきた。しかし、先行研究で解析された神経性やせ症のfMRIデータは30名以下とサンプルサイズが小さかったため、信頼性の不足により研究間で結果の矛盾や不一致が多く、また脳の一部の領域間の機能的結合性の解析しか行うことができていなかったのが実情であった。
そこで本研究では多施設共同研究により十分なサンプルサイズを確保した上で、全脳の全領域間で機能的結合性の解析を行い、神経性やせ症状で生じている脳機能の異常を高い信頼性をもって網羅的に解明することを目的に実施した。
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世界初!多施設共同研究によるfMRIデータの大規模解析
本研究では国立精神・神経医療研究センターの監修のもとで、千葉大学、東北大学、京都大学、産業医科大学、九州大学にて2014年~2021年の間に収集されたfMRIデータを解析対象とし、神経性やせ症患者の女性114名(制限型(※3)61名、過食排出型(※3)53名)、対照となる健常女性135名に上るサンプルサイズを確保した。大脳皮質・皮質下・小脳および脳の大規模ネットワーク構成領域の計164領域を関心領域(※4)として、施設間の撮影条件に由来する誤差の補正も行った上で各領域間の安静時の機能的結合性を算出し、群間比較(神経性やせ症群と健常群の比較、神経性やせ症制限型群と過食排出型群の比較)をおこなった。その結果、神経性やせ症群では健常群に比べ、認知制御(背外側前頭前野など)、情動制御(扁桃体や海馬など)、身体的イメージ知覚(紡錘状回など)、視空間認知(後頭頭頂野や小脳など)に関連する領域間で機能的結合性の変化が認められた(図1)。
具体的には、主に背外側前頭前野を含む12の領域間(背外側前頭前野と扁桃体・海馬・上側頭回・側頭極間など)で機能的結合性が亢進していた一方で、主に小脳を含む領域、側頭葉内の領域、前帯状回と視床など33の領域間では機能的結合性が低下していた。また神経性やせ症の制限型群と過食排出型群の比較では、制限型群において舌状回と上鳥距溝皮質間および側頭後頭紡錘状回と視覚ネットワーク内側部間で機能的結合性の亢進が認められた(図2)。
神経性やせ症の病態理解を深め、診断マーカーや治療上のターゲットになることを期待
本研究で示された、健常群との比較で神経性やせ症において変化していた機能的結合性、および神経性やせ症の病型間で差を認めた機能的結合性は、神経性やせ症状の診断や病型の判別に寄与する診断マーカーとなる可能性がある。
また本研究で示された機能的結合性の変化は、神経性やせ症で生じている脳機能異常を網羅的に解明したものであり、(表1)に示す通り、神経性やせ症患者において認められる様々な症状の神経学的な基盤となっている可能性がある。本研究で示された神経性やせ症の病態をターゲットとした治療法、例えば食行動の抑制や否定的な情動に対する過剰な認知的制御、心の理論の障害などに関わっている可能性のある背外側前頭前野の過剰な活動を緩和する薬物療法の開発などが今後期待される。■